コラム

健康経営

2017年6月21日
弁護士・中小企業診断士 板垣謙太郎

 近時、巷では、「健康経営」という言葉が流行り始めています。
 この言葉自体は、NPO法人の「健康経営研究会」の登録商標なのだそうですが、同法人のHPによれば、「健康経営」とは「経営者が従業員とコミュニケーションを密に図り、  従業員の健康に配慮した企業を戦略的に創造することによって、組織の健康と健全な経営を維持していくこと」とのことです。
 企業の競争力の源泉は「人」であり、人が心身ともに健康でない限り、競争力が維持できないのは至極当然のことです。
 アメリカ商工会議所の調査結果によれば、従業員が健康を害した場合、医療費等の直接コストの実に3倍もの間接コスト(=パフォーマンスの低下による残業代等の増加コスト)が発生するのだそうです。
 結果、健康経営と企業実績との間には、明白な「相関関係」があるとされています。

 経済産業省においても、昨年度から、「健康経営銘柄」(=東京証券取引所の上場会社の中から、従業員等の健康管理を経営的な視点で考えて戦略的に実践している企業を、 業種区分毎に選定して紹介するもの)を公表して、投資家向けの指標としています。また、日本政策投資銀行においても、「健康経営格付」なるものを定め、格付けによって、金利の優遇措置まで講じているようです。

 さて、人が健康を維持するためには、ワーク・ライフ・バランスが重要であることは論を待ちません。脳(心)も筋肉と一緒で、健康維持のためには、次の3つのローテーションが大切です。
(1)負荷(思考・作業)
(2)栄養(趣味・交流)
(3)休養(休息・睡眠)

 ところが、日本の企業社会では、相変わらず、残業が常態化しています。過労死ラインを無視して残業しているケースもあります。 ちなみに、過労死ラインというのは、簡単に言えば、「月の残業が80時間超」となるような心身にダメージを与える過酷な働き方のことで、 このラインに達すると「レッドカード」となります。つまり、いつ過労死に至っても不思議ではないレベルです。また、「月の残業が45時間超」となるラインが「イエローカード」です。 企業経営者としては、イエローカードに達しないような労働環境作りが必要です。

 では、何故、残業が常態化してしまうのでしょうか?
 一般的に、想定される理由は、次の4つです。
(1)仕事が終わらない
(2)顧客側の都合(=夜しか打ち合わせができない)
(3)先に帰れる雰囲気じゃない(=上司がいつも残業している)
(4)残業代が無いと生活できない

 (1)は残業の本質的問題で、クリアーすべき最大の難問でしょう。これを解決するための私見は、後述したいと思います。

 (2)は工夫すれば足りる問題です。どんな顧客であれ、ある程度はこちらの都合も聞いてもらえるはずだから、 顧客との夜の打ち合わせは、週に2~3日程度(隔日)とキッチリ決めてしまえばよいですし、 どうしても夜の打ち合わせが続いてしまったならば、翌日の午前中は、潔く「オフ」にしてしまうべきでしょう。そのためには、経営サイドの配慮も必要となります。

 (3)は経営サイドの責任ですね。残業しないことを奨励する職場の雰囲気作りは、非常に大切なことです。

 (4)は(1)と並んで多数派を占める理由のはずです。
 この点、経済産業省の「健康経営銘柄」にも選出された「SCSK」という会社では、それまでは月50時間もあった平均残業時間を、月18時間にまで減少させることに成功したそうです。 その画期的な手法というのが、「残業しなくても残業代を払う」というものです。
 つまり、50時間の残業時間を20時間に減らすことができたら、減らした30時間分の残業代は、ボーナスに上乗せすると公約したのです。 残業してもしなくても給料は同じ!ということになれば、人間、少しでも早く仕事から解放されたいものですよね。
 結果、ありとあらゆる所に従業員の創意工夫が生まれて、業務が一気に効率化し、残業代というコストが変わらないにも関わらず、会社全体としては、なんと「増収・増益」に転じたのだそうです。
 まさに、健康経営が企業実績に直結していることの「証明」とも言える好事例です。

 最後に、残業を解消するために、如何にして「仕事を定時に終わらせるか」ということについて、私見を述べてみたいと思います。

 私なりに考察した結果、仕事が定時に終わらない人の特徴は、次の4つです。
(1)ムダな時間が多い
(2)時間の見積りが甘い
(3)仕事の手順が間違っている
(4)完璧主義である

 (1)は、そんなことは無い!と反論を受けそうですが、人間、10時間も15時間も集中力が持続するワケがなく、職場に15時間もいたところで、ホントに生産性の高い時間なんて半分程度に過ぎないはずです。

 (2)は、自分の力量を見誤っているということです。この程度の仕事量であれば、3時間程度で片付くだろうと思って引き受けたら、予想外に6時間も掛かってしまったというパターンです。
 見積りの精度は、仕事の経験値に比例して高くなってくるものなので、新人の頃は、まあ致し方ない面もあるのでしょう。

 (3)は、多くの人が陥っているミスです。1日の仕事の手順ということ自体、あまり気にしていない人が多いと言えます。 人間の脳は、機械と違って、とにかく「すぐに疲れる」シロモノです。疲れたら、一気にパフォーマンスは低下し、ミスも乱発します。 従って、1日の仕事の手順は、「重たい順」というのが鉄則なのです。つまり、より「思考力を必要とする順」に着手していくべきなのです。
 私の場合、思考を深めて起案すべき重要な仕事が入っていれば、電話もシャットアウトして、午前中に一気に書き上げるということをよくやります。 そして、そんな日は、午後から夕方にかけての時間を、事務的な仕事や調べもの、依頼者との協議や相手方との交渉などに割り当てることにしています。 朝は、とかくエンジンがかかりにくいので、1日の仕事の段取りを「軽い順」にやるという人が多いでしょう。だんだんと脳の回転をアップさせていこうという作戦なのでしょうが、 脳は軽い仕事であっても、確実に疲労を蓄積してしまうので、この手順ですと、間違いなく「残業コース」まっしぐらなのです。

 (4)は、言わずもがなでしょう。でも、この「深み」にはまってしまう人は意外に多いのです。意図的に手抜きをするのは論外ですが、健康を害してまで完璧主義を貫くのも非常に愚かなことです。
 まあ、仕事の経験を積んでいけば、どの程度の品質をクリアーすれば、プロの仕事として恥じないレベルかということ自体は、自ずと分かってくるのでしょうが。

 とにもかくにも、「企業は人なり」です。
 そして、健康経営こそが企業の繁栄に直結する!という事実を肝に銘じて、明日からの残業をカットしていく方策を真剣に考えてみましょう。


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