コラム

納税のススメ

2017年6月7日
弁護士・中小企業診断士 板垣謙太郎

 税金を少しでもたくさん払いたい!なんて人はいないでしょう。中小企業の経営者についても、税金を支払いたくないが為に、わざと「赤字決算」にしている、なんてことを耳にしたりします。
 でも、敢えて、中小企業の経営者には、声を大にして言いたいと思います。もっともっと会社の「キャッシュ」を増やしたいなら、チマチマした節税なんかしないで、ドンドン納税して下さい!!と。

 言っていることがよく分からないかも知れませんので、まずは、中小企業診断士A氏と中小企業社長B氏のやりとりを御覧ください。

B社長
 「先日、創業10周年を迎えたんだよ。お陰様で、創業以来、ずっと黒字経営でね。」
A診断士
 「それはそれは、おめでとうございます!それにしても、10期連続黒字経営とはスゴイですね!しかも、創業以来、赤字が全く無いなんて!」
B社長
 「いやあ、有り難う!!それで、創業10周年を記念して、社員全員をドカーンと慰安旅行にでも連れて行こう!なんて思っててね。」
A診断士
 「それはいいアイディアですね!社員のモチベーション・アップにもつながりますよね。」
B社長
 「ところがさあ…。これだけ黒字が続いたんだから、さぞかし内部留保がたっぷりあるだろうと思っていたのに、昨日、経理に確認したら、現金・預金が300万円しか無いって言うじゃない。ひょっとして、誰かが不正をしてるんじゃないかと思って……。」
A診断士
 「いやいや、内部留保というのは利益剰余金のことですから、過去の利益の単なる累計額に過ぎません。利益を投資に回したりすれば、資産に化けてしまうので、現金・預金という形のまま残っているワケではないですよね。」
B社長
 「う~ん。でも、ウチは開業時にドカッと設備投資をしただけで、その後は、特に追加投資はしてないんだけどなあ……。」
A診断士
 「ひょっとして、その設備投資って、借金で賄いました?」
B社長
 「もちろん。でも、それが何か?」
A診断士
 「じゃあ、現金・預金が無くなった原因は、借金返済ということですね。」
B社長
 「えっ!?でも、借金返済って、必要経費でしょ??税引き後の利益が借金返済で減ってしまうって、ど、どういうこと?」
A診断士
 「まあ、確かに、借金の利子部分は経費として計上できますけど、元金部分の返済は、経費にはなりませんよね。だから、借金の元金返済をしようと思えば、税引き後の利益を取り崩していかないとダメっていうことですよね。」
B社長
 「そっかあ……。うっかりしてたなあ……。10期連続黒字経営ってことに浮かれて、税金も全く気にしないで、税理士の言うままにポンポン気前よく払ってきたからなあ……。う~ん。今後は、シッカリ節税していかないとダメだねえ。」
A診断士
 「もちろん、節税自体は大切ですけど、何のための節税です?」
B社長
 「そりゃあ、税金に大事なお金を回すくらいなら、その分、ドンドン借金を返して、今度こそ、シッカリとキャッシュを蓄えないとね!」
A診断士
 「いやいや、そういう目的のための節税なら、とてもムリな話ですね~。ホントにそれをやりたいんなら、脱税するしかありませんよ。もちろん、私は、聞かなかったことにしますけど…。」
B社長
 「だ、脱税!?な、なんて、人聞きの悪い!!でも、一体、どういうこと?」

 ちょっとでも会計を勉強したことがある人なら、この会話のツボはお分かり頂けるはずですが、以下、簡単に解説してみたいと思います。
 まず、一部の経営者に、たまに見受けられるのが、「借金返済 = 全額必要経費」という勘違いです。A診断士の発言どおり、経費になるのは、借金の利子部分だけですよね。
 そして、意外に多くの経営者に見受けられるのが、「内部留保 = 会社の貯金」という勘違いなのです。 まあ、「内部留保」とか「利益剰余金」なんていう「言葉の響き」から、どうしても、会社の中に「キャッシュが残っている」という印象を強く受けてしまうのかも知れません。
 利益剰余金というのは、「企業活動で得た利益(税引後)のうち、株主に分配せずに社内に留保した額」のことですから、キャッシュの有無とは何の関係もありません。 内部留保を投資に使おうと借金返済に使おうと、利益剰余金(内部留保)は一切変動しません。借金返済は、現金が外に出ていくので、おや?と思うかも知れませんが。 投資の場合は、現金が減って、その分、資産が増えます。借金返済の場合は、現金が減って、その分、負債が減ります。 従って、バランスシート(貸借対照表)のバランスは維持されるので、利益剰余金(内部留保)は、いじる必要がないということなのです。
 ところで、会社に「利益」が出た場合、次の「順番」でキャッシュが流出していきます。 実は、この「順番」こそが大切で、経営者は、この点を肝に銘じる必要があります。
(1)税金の支払
(2)借金の返済
(3)将来への投資
(4)株主への配当
 そうです。(1)税金をシッカリ払った後でないと、(2)借金は返済できないということですね。 別の言い方をすれば、(1)税金を支払って、(2)借金を返済するのに十分なだけの利益を出さないと、そもそも借金をする資格すらないということです。
 では、B社長のごとく、(1)税金の支払をカットすれば、その分、(2)借金の返済や貯蓄にお金が回せるのでしょうか。  これまた、一部の経営者に、たまに見受けられるのが、「節税 = キャッシュ流出カット」 という勘違いです。もちろん、そんなはずはありません。
 そもそも、節税って何?ということになると、要は「利益を圧縮すること」に他なりません。利益を圧縮する方法は、売上を下げるか、経費を上げるか、どちらかです。
 売上を下げたら、その分、キャッシュは会社に入ってきませんので、これはダメです。
 ならば、経費を上げるとOKなのでしょうか?
 でも、基本的に、キャッシュが出ていかない経費というのはありません。
 もちろん、「当期の決算」だけに限れば、キャッシュが出ていかない経費(非支出経費)というものも確かに存在します。 例えば、「減価償却費」や「買掛金・未払費用」なんかがそうです。
 しかしながら、減価償却費っていうのは、過去に流出したキャッシュを、その後少しずつ経費化しているに過ぎないワケですし、買掛金・未払費用なんかは、来期になれば必ずキャッシュが流出してしまう性質のものです。 つまり、過去・現在・未来に渡って、ず~っとキャッシュが流出しない経費なんてものは存在しないのです。
 節税というのは、ズバリ、キャッシュが出ていくこと!
 これが結論です。
 従って、節税して「その分を」借金返済に充てるとか、貯蓄に回すなんていう発想自体、全く理屈に合わないワケです。
 どうせやるなら、節税ではなくて「節約」です。
 例えば、年間100万円の節約をすれば、100万円のキャッシュ流出がカットできます。
 つまり、利益が100万円アップします。法人税等の合計税率が40%だとすると、40万円が税金として出て行きますが、残りの60万円はキャッシュとして確実に会社に残るという話なのです。
 で、結局のところ、節約しながら、利益をシッカリ出して、ドンドン納税することこそが、蓄財への最短距離という結論に至るのです。
 納税すればするほど、金持ちになる!!
 かなり普通の感覚とは違うことですが、これが紛れもない事実です。
 さあ、今期から、シッカリ納税していきましょう!


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