コラム

経営者の使命

2017年5月24日
弁護士・中小企業診断士 板垣謙太郎

 「経営者の使命」
 このように表現すると、何か、ものすごく崇高なことを思い浮かべるかも知れません。 例えば、日本経済に貢献すること、地域社会に貢献すること、企業を持続的に成長させること、などといったスケールの大きなことです。 でも、最も大切な経営者の使命は、「企業をつぶさないこと」という1点に尽きます。

 企業というのは、一旦、社会に誕生したら、その内外には、ありとあらゆる人々が関係してきます。特に、経営者・従業員とその家族たち。企業がつぶれてしまったら、全員、路頭に迷いかねません。 関係者全員の「生活を守る」こと、これこそが、経営者の最大の使命なのです。

 ところが、中小企業の経営者と話をしていると、そういう感覚に乏しい経営者が多いことに驚かされます。 企業をつぶさないためには、 毎月の「数字のチェック」が絶対に欠かせませんが、どの数字をチェックするのかによって、経営者の資質が浮き彫りになってきます。

 毎月の「売上」だけをチェックするのは、「三流」です。
 毎月の「損益」までチェックしても、まだ「二流」どまりです。
 毎月の「収支」をもチェックして、初めて「一流」と言えます。

 ん?「損益」と「収支」は何がちがうの?と思われる方もいるかも知れません。
 損益というのは、「取引ベース」の話です。普通の会計原則に従った考え方で、「損益=収益-費用」ということになります。
 一方、収支は、「現金ベース」の話です。実際の入出金を追ったもので、「収支=収入-支出」ということになります。
 企業というのは、どういう時に「つぶれる」のか。答えは、たった1つです。
 それは、「現金が枯渇した時」です。つまり、黒字でも倒産することがあるし、赤字でも倒産しないことがある、ということなのです。
 なぜ、こういうことが起こるかと言えば、会計原則が「発生主義」という考え方を採用しており、「収益」と「収入」、そして、「費用」と「支出」が一致せず、ひいては、「損益」と「収支」が一致しないからです。
 例えば、「掛け」で売買するケースです。商品を掛けで売れば、売掛金として「収益」が計上されますが、  「収入」にはなりません。同じく、商品を掛けで買えば、買掛金として「費用」が計上されますが、「支出」にはなりません。
 さらに、損益に関係ない取引のケースです。投資活動で機械を購入すれば、「費用」ではないですが(=資産)、「支出」になります。
 また、財務活動で借金をすれば、「収益」ではないですが(=負債)、「収入」になります。
 もっと言えば、「利益」が出ていても、そこから、「納税資金」も「借金返済資金」も「投資資金」も捻出するのですから、「損益」だけを見ていたのでは、訳が分からなくなります。
 とにかく、現金が潤沢にあれば、企業はつぶれません。このことは、経営者である以上は、肝に銘じるべきことかと思われます。

 日本を代表する企業のトヨタ自動車。
 同社の「現金」(預金)の保有額は桁違いであり、なんと、「5~6兆円」だそうです。巷では、「トヨタ銀行」と言われる所以でもあります。
 同社が抱える経営リスクは、何と言っても「為替」です。為替が、たった「1円」円高に振れるだけで「400億円」の年間利益が吹っ飛ぶと言われています。
 つまり、同社は、その潤沢な現金により、為替が「100円」円高に振れても、ビクともしない状況にあるのです。  もちろん、実際には、為替が100円も変動することは、あり得ません。従って、トヨタが倒産することは、ほぼ想定されない、ということでもあります。

 さて、トヨタとは桁が違えども、中小企業でも、潤沢な現金保有は至上命題です。
 収入の減少や支出の増大に対応するためには、少なくとも、「月商の2ヶ月分」の現金は、 常に「事業資金」として確保しておく必要があります。
 経営者は、どうしても「売上高」や「経常利益」だけに注目しがちです。
 しかし、経営者が注目すべき指標の優先順位としては、安全性(=現金) > 収益性(=利益) > 成長性(=売上高)なのです。
 最も大切なのは現金であり、次に、現金を生み出す利益の確保を考え、最後に、利益減少を阻止すべく売上高の拡大を目指す、といった手順です。

 さあ、今すぐ、事業資金の残高チェックをしましょう!


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